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はじめに

これは、とあるお家のベランダに住みついた、2匹の、女の子猫たちの物語。
まだ1歳に満たないふたりは、人間でいうと、ちょうど思春期のまっただなか。
血のつながりはないのだけれど、まるで生まれついての姉妹のように仲良くなった
ふたつの命が、人間さまの界隈で、いろんな経験をしながら成長していく・・・
これは、そんな、ささやかな猫たちのお話なのです。
中編小説ぐらいの長さがあるので、連載形式で、ちょっとずつ・・・
あなたが、この物語を、気に入ってくださると、うれしいな (^-^)    by のらん

お話を最初から読めるように、並べかえました〜 (^-^)/  【2014年6月6日】

その1 [第1章 居てもいい場所]

 「あたし、ママ、いるもん」
それが、ちょっと都合が悪くなったときの、ぶち子の口癖だ。
そして、たいてい、こう続ける。「あんた、ママ、いるの?」
 ・・・いじわる、知ってるくせに。

 ねずには、ママがいない。
自分を生んだ母猫が、どんな顔だったのか、どんな毛並みだったのかさえ、覚えていない。
ねずは、ようやく目が開いたばかりの頃から、どこか人間の家で育てられていたのだが、
生後四カ月を迎える前に、ここらあたりに捨てられたのだ。
 ある晩、まあるくなって眠っていたら、ふわっと抱き上げられてバスケットのなか。
長い時間ゆさゆさと揺られて、気がついたら、見たこともない場所に
ひとりぼっちで取り残されていた。
バスケットから抱き上げて、ねずを道ばたに置いた、あの手の持ち主はもうどこにもいない。

 「ママって、なんだろう」と、ねずは思う。
そして、ぶち子に「あんた、ママ、いるの?」と聞かれるとき、いつも必ず
最後に自分を抱き上げたあの手の匂いや、しなやかな感触を思い出した。

 ぶち子のママは、猫だ。『さくら』と呼ばれている、きゃしゃな体つきの白っぽい三毛。
ねずは、さくらママのことを、よく知っている。ねずは、さくらママに恩義があるのだ。

 ひとりぼっちで置き去りにされてからしばらくの間、
ねずは、生後四カ月足らずの子猫にとっては、かなり過酷な日々を過ごした。
なにしろ、突然、まったく見ず知らずの場所に連れてこられたので、
ノラ猫が持たねばならない『なわばり』というものがない。
 さらに、人間の家で育てられていたので、なわばりをつくる方法も知らなければ、
自力で食べものを確保する知恵もない。
ふつうノラから生まれた子猫なら、なわばりは母親から譲り受け、独り立ちするまで
いっしょに行動することで生き抜くための術を見よう見まねで教わるのだが、
捨てられ子猫はそうはいかないのだ。

 それでもねずは、ひとりでがんばっていた。
置き去りにされた道ばたの、ちいさなお地蔵さんの祠の裏に身を隠し
(祠のなかにいると、掃除にやってくるおばあさんに箒で追っ払われてしまうのだ)、
近くのゴミ捨て場で食べものを漁った。
 ひとことで『漁った』と言えば、猫ならかんたん、と思われるかも知れないが、
世の中はそれほど甘くはない。
いまどきの住宅街のゴミ捨て場はカラスと猫に対する警戒が厳重で、
ネットや金網でガードを固められているうえに、ゴミ出しの時間帯も短くなっている。
数少ないガードの甘いゴミ捨て場、ゴミ出しから収集までの限られたタイミングを、
近場のノラたちが一斉に狙うのだ。母猫の後ろ盾をもたない新顔の子猫など、
シャーッ!という威嚇のひと声で、はじき出されてしまうのがオチなのである。

 けれどもねずは、幼いながらも、強い生命力を発揮した。野生の本能に導かれたのか、
それとも、もしかするとお地蔵さんが情けをかけてくれたのかもしれない。
最初の二日間は何も食べるものを見つけられなかったが、
お地蔵さんのお供えの水で脱水をまぬがれ、収集されたあとのゴミ捨て場の
コンクリートにこびりついた食べものの残骸や汁をなめてエネルギーにかえた。

 生きることは、闘いである。捨てられ子猫にとっては、とくに。

 そんなこんなで、なんとか命をつないでいるうちに、ねずにも知恵がついてきた。
ゴミ捨て場で、わりと寛容な大人猫の後にぴったりとくっついていると、
残り物にありつけるかもしれないこと。
カラスがゴミ袋を引きずりだすと、食べられそうなものが道路に散乱し、
子猫にも狙いやすくなること。
さらに、お地蔵さんの祠のなかにはときどきお情けのキャットフードをひとにぎり
置いていってくれる人間がいて、祠の裏の茂みを隠れ家にしているねずは、
他の猫に先んじてそれを食べるチャンスがあること、などなど。

 置き去りにされてから一カ月あまりの間、ねずは、そうやって生き延びた。

 おりしも八月の半ば、きびしい残暑のまっただなかである。
直射日光が照りつける昼間は、雑草の茂みにすっぽりと身を隠して、暑さをしのいだ。
夕立が降ると、屋根もなく吹きっさらしの茂みを捨てて、
となりの駐車場に止めてある車の下に避難した。

 そんなふうに、日々の暮らしをどうにか自分ひとりの力で支えながらやってはきたが、
ねずは、そろそろ限界を感じはじめていた。

 つねに空きっ腹を抱えて、昼も夜もひとりぼっち。
さびしさや不安で泣きだしたくなっても、寄り添ってくれる母親もはげましあえる兄妹もいない。
お腹も心もからっぽで、このままだと、くじけてしまうかもしれない、とねずは思った。

 野っぱらで生きる猫にとって、心がくじけること、それは、生命の灯が消えることだ。

                 ~その2に、つづく~

 


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その2 [第1章 居てもいい場所]

 ねずが隠れ家にしていたお地蔵さんの祠は、
ちいさな山の上のお寺へと登っていく細くて急な坂道の入口にある。
あたりは山の斜面に沿った静かな住宅地で、祠の向かい側には小ぶりのマンションがふたつ、
となり合わせに建っていた。

 祠から向かって左のマンションは五階建てで、
一階がスナック、二階がオフィス、三階から五階が住居用の貸部屋になっている。
敷地が狭いので、各階ごとに部屋はひとつずつ。
で、ねずの祠のあたりから視線を斜め四十五度ぐらい上げると、
ちょうどまっ正面に三階の部屋のベランダが見える。
その三階のベランダに、親子の猫が暮らしていた。

 それが、さくらママとぶち子である。

 ねずが、そのベランダと親子猫に気づいたのは、祠の裏で暮らしはじめてから
二週間以上が過ぎた頃だ。
それまでは、とにかく生きていくことだけで精一杯。
祠と茂みとゴミ捨て場と道路と、ねずを追っ払おうとする先住猫たちの動向以外、目に入らない。

つねに目線はすばやく前後左右、そして下。
とてものんびりと空など見上げている余裕など、なかったのである。

 その日は、どういう風の吹きまわしか、祠の中にお情けキャットフード
山盛りになっていて、運のいいことにまっ先にねずがそれを見つけた。
他の猫たちが巡回してくる前に、
「大急ギデ、食ベラレル分ダケ食ベテオカネバ!」
この二週間で身につけた処世術でそこそこお腹を満たすことができたねずが、
茂みにもどって、口の端についたキャットフードのかけらを手でぬぐいながら、
ささやかな幸せにひたっていたとき、である。
ふと目線を上げた先の、ベランダのサッシ窓がするすると開いて、
なにか器のようなものをもった手が差し出されるのが見えた。

 カン、カン、カン!
その手は、持っていたお皿をベランダの柵にぶつけて、ちいさく音を鳴らす。

なにかの合図のようだ。
すると、どこからか、ベランダに二匹の猫が姿を現した。
 白っぽい大人猫と、ねずと同じぐらいの大きさの三毛の子猫。
ベランダの手の持ち主は、二匹を見てにっこりと笑い、手に持っていたお皿を
窓越しにベランダの床に置いた。
そのお皿の中身が、きっと食べものであること、それもゴミ捨て場の食べかすや
野ざらしのお情けキャットフードよりだんぜん上等な食べものであるだろうことぐらい、
ねずにだってかんたんに察しがつくというものだ。

 その日以来、ねずは、ベランダを観察しはじめた。
お皿をもった手が登場するのは、だいたい朝の七時頃と夕方の六時過ぎ。親子は、
朝ゴハンの後、しばらく姿が見えなくなり、夕方、日が陰った頃にベランダにもどってくる。
そして、ひと晩中、そのベランダを寝ぐらにして過ごす。
 昼間いなくなるのは、きっと、暑すぎるせいだ、とねずは思った。
南向きでひさしのないベランダは、日中いっぱい、八月の太陽にじりじりとあぶられている。

 晩ゴハンが終わると、そろそろ夏の一日が暮れはじめる。
夕陽に染まったベランダに、満ち足りて寝そべる親子のシルエットが浮かぶ。
 母ひとり、子ひとり。
日が落ちてすこしは過ごしやすくなったベランダで、ママの舌で顔や身体を
ぺろぺろと舐めてもらったり、二匹でいっしょにまるで子猫同士のようにじゃれあったり、
親子はあまりにも仲良しに見えた。

 ねずは、心底、うらやましかった。
ベランダには、ねずが無くしてしまったものが、全部あるような気がした。
おいしい食べものと、寄り添えるだれかと。安らかに眠れる夜と、守ってくれる手と。
ねずは、そのベランダへ行ってみたいと思った。
もしかすると自分も、親子の仲間に入れるかもしれない。
心のなかで、親子といっしょにベランダに寝そべる自分の姿をそっと思い描いてみる。
何度も何度も思い描くうちに、
ねずの心は、ベランダで親子といっしょに暮らしたいという思いでいっぱいになった。

 ねずは、もうすぐにでもベランダに上がっていきたいと思ったのだけれど、
それでも実際にはなかなか行動に移すことはできなかった。
ねずがそこへ上がっていけるだけの勇気を蓄えるのに、
それからまだたっぷり二週間は必要だったのだ。

         ~その3に、つづく~


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その3 [第1章 居てもいい場所]

 猫がそのベランダに上がる方法は、ひとつしかない。
そのマンションの右隣にあるもうひとつのマンションの裏庭から、
敷地を隔てるためにしつらえられた金網のフェンスを登る、という荒技だ。

 ふたつのマンションは傾斜地に建てられているので、
左側のマンションの二階が、右側のマンションの一階にあたる。
つまり、三階のベランダと、右隣のマンションの裏庭は、一階分の高低差しかない。
フェンスの高さは、二メートル足らず。子猫でも、がんばれば登れる高さである。
  (実際にベランダの子猫はそうやってお出入りしているし)
さらに裏庭のフェンスは三階のベランダの床面より一メートルぐらい低く、
ベランダの端っこから五、六十センチは離れていて、
その距離をぴょんとジャンプしてベランダに跳び移るという芸当は、子猫にとっては
だいぶ難しそうなのだけれど、幸いなことにベランダとフェンスの間には
三十センチぐらいの幅の板きれが『橋』のように渡してあった。

まだ動きのおぼつかない子猫でも、じょうずに登り降りできるように。

 ある日、とうとうねずは心を決めた。今夜こそ、あのベランダに上がるのだ。
あの親子たちの行動をずっと観察してきたので、登っていく道筋はよくわかっている。
 ねずは、いつも晩ゴハンが出されるすこし前の時間を見計らって、
ベランダのあるマンションの、となりの裏庭に忍びこんだ。

 ねずは、この裏庭に侵入するのすら、初めてである。この場所は、
ここらあたりの先住猫たちのなわばりで、うっかり足を踏み入れるにはキケン過ぎるのだ。
 手入れが悪く夏草が生い茂った裏庭は、案の定、いろんな猫たちのマーキング臭であふれていた。

「新顔ハ、近ヅクナ!」

 それらの臭いは、ぷんぷんと強い警告を発している。
おりしも夕暮れ時、猫たちが一斉に活動をはじめる時間帯だ。
いまにも古参の大人猫たちがやってきそうで気が気でない。
怖くなったねずは、どこか隠れられそうな場所はないかと、あたりを見まわした。

 裏庭には雑草の茂みはいくつもあるが、
どの茂みもねずが安心して身を隠すにはちょっとちいさい。
そこで、コンクリートでできたマンションの建物を調べてみる。
すると、床下部分に、ちょうど猫が一匹入れそうな通風口のちいさな穴があった。

「見っけ!」ここなら、身を隠すのにちょうどいい。

 ねずは、穴に入ってみた。
暗くてじめじめした穴のなかはちょっとカビくさい臭いがしたが、ねずには気にならなかった。
 穴のなかで身体をまるめて、頭を低くしていれば、
入口から鼻先を出さなくてもベランダの様子が十分にうかがえる。
通風口の穴からのぞくと、ベランダはいよいよ間近に見えた。

日が落ちて、だんだんとあたりが暗くなりはじめた頃、ようやくベランダの窓がするすると開いた。
晩ゴハンの時間だ!
カン、カン、カンと、いつものように、お皿の合図が鳴る。
その日は、もうベランダで待っていた親子がすぐに現れて、食事をはじめた。

 祠から遠目に眺めていたときとはちがって、ここからだと、おいしそうな匂いが鼻腔をくすぐり、
親子がペチャペチャと食べる音まで聞こえてくる。ねずのお腹がグーと鳴った。
 こういう状況下にある猫にとって、
空腹こそ、大いなる一歩をふみだすために背中を押してくれる勇気の源!

ねずは、思い切って、通風口の穴から首をつきだした。
ベランダに顔を向けて、「にゃあ」とひと声、鳴いてみる。
すると、窓越しにお皿を出した手の持ち主が、ねずに気づいた。

 「あらら」その人は言った。「あらら、子猫」

 もともと人間の家で育てられていたねずは、人をそれほど恐れていない。
しかも、ベランダからねずを見下ろしている人間は、ちっとも怖くなさそうだ。
ねずは、まっすぐその人の目を見つめた。

「タスケテ・・・」
鳴き声ではなく、頭のてっぺんから尻っぽの先まで、
全身のエネルギーをまなざしに込めて、ねずはSOSを発信した。
「タスケテ・・・デナイト、モウ、クジケテシマイソウダカラ・・・」

 ねずの願いがとどいたのかどうか、その人は、ねずの目を見返して「おいで」と言った。
「ここまで、上がっておいで」
窓から突きだされた白い手がひらひらと動いて、ねずを手招きする。
 ねずは、すっかり有頂天になった。
怖さを忘れて穴を飛び出し、無我夢中で金網のフェンスをよじ登る。
ちいさな前足を網に引っかけて身体を持ち上げ、後ろ足で落ちないように踏んばる。
まだ動きのつたない子猫にとっては、金網登りはけっこう難関なのだ。

それでも、ねずは、どうにかこうにか奮闘して、金網をよじ登っていった。
ところが、ようやく半分ほど登ったあたりで、
食事をしていたさくらママが、ねずの気配に気がついて、ハッと頭を上げた。

        ~その4に、つづく~


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その4 [第1章 居てもいい場所]

「なにごと!」

 さくらママは、耳をうしろに寝かせて、警戒態勢に入る。
そして、ひとっ跳びで金網とベランダをつなぐ橋の上に立ちはだかって、
「ウチのなわばりには、入れないよ!」とばかりにねずをにらみつけた。

 母親の威圧感に、ねずは怖じ気づいた。

 せっかく半分までよじ登った金網から、オロオロと地面へ飛び降りてしまう。
それでもあきらめきれずに、ねずは金網の下から、もう一度「にゃあ」と鳴いた。

 「がんばって、上がっておいで」窓から顔を出した人が、ねずに言う。

そして、さくらママに、
「ね、あの子、上がらしてやって。まだ子猫だもの」と声をかけている。

 ねずは、再び、金網にすがりついた。

 ・・・そんな、さくらママとの攻防が、三度、繰り返された。

 四度目にねずが、もてる限りの勇気と力をふりしぼってようやく金網を登り切り、
ベランダへと渡された橋までたどりつくと、
さくらママは、しばらく思案しながらねずをにらみつけていたが、
やがて黙って身体をずらし、ねずが通れるようにすき間を空けてくれた。

 まるで、子猫の勇気に敬意を払ったかのように。

 ねずは、さくらママの気が変わらないうちにと、
すばやくその脇をすり抜けてベランダに上がり、お皿に突進した。
ぶち子のとなりに並んで、お皿いっぱいのごちそうにむしゃぶりつく。
 ぶち子は、知らない子猫がお皿に頭をつっこんできても、べつに気にしない。
だって、ママが許したのだから。
 それにお皿は、子猫の頭ふたつ分が並んでも十分なほど大きくて、
ごちそうは、二匹のちびすけでは食べつくせないほどたっぷりと載せられていたのだから。

 ごちそうをお腹いっぱいにつめこんで、ねずは、ようやくお皿から顔を上げた。
先に食べ終わったぶち子は、やや離れて座っていて、
「この子、だれ?」とでも言いたげな顔つきでねずをチラチラと盗み見る。

 さくらママは、ねずにはもう無関心といったようすで、
中断していた食事のつづきをはじめている。
窓の人は、ねずが満腹した様子を見て、にっこりと笑った。

「あんた、あの穴から鼻先だけ出してるとこ、まるでちっちゃな小ネズミみたいだったよ」
と、その人は言う。
「さくらがいいって言ってるみたいだから、あんたもこれから、
ここでゴハン食べなさい。小ネズミみたいだから、あんたの名前は『ねず』。
ぶち子と仲良くしなくちゃダメよ」

 そのときから、ねずは、ベランダの一員になった。
さくらママのお許しをもらったからには、ぶち子とは、絶対うまくやっていける。
ねずは、確信していた。

そして、知らんぷりで毛づくろいしているぶち子の頭に、ぐいぐいと鼻面をすりよせた。
ぶち子は、「もうー」と仏頂面を返してきたが、そんなの、ぜんぜんへっちゃらだ。
ねずは、ぶち子の背中にじゃれついて、やわらかな首筋をそっと噛んだ。

 だって、ねずは、心の底からうれしかったのだ。
生まれてはじめて、『居てもいい』と許された場所。

ねずは、このベランダの一隅にそんな場所を手に入れたのだから。

        ~第二章に、つづく~


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